少し自分のことを話そうか

少々自分のことを話します。

乳幼児時期、親は揃って「あんたは育てやすい子だった」という。
理由を聞くと、一人で近くにあるミルクを飲んで、一人で寝て、いるのかいないのかわからなかったと。
一方、兄には手がかかっていた様子。
今から考えると、完璧にサイレントベビーだったように思います。
親から相手されず、泣いて感情を示すことを諦めた子供。
愛情不足。
成長にも障害が残る。
余談だが、最近の研究で生涯年収が高くなる人の条件はIQは全く関係なく、EQ(心の知能:幼少期の良好な人間関係)がかなり大きく影響しているとの研究報告があるが、人生早々私はこれを無惨に粉々にされたようだ。

小学校の頃は割と活発だったように思いますが、それでも小学1年の頃のおばさん担任に、自分がしてもいないことで顔を引っ叩かれて怒られた。
内容は、中のいい友達だと思っていた人が、下校中に割れたガラスを拾って、自分で怪我した。
それを、私が便を投げて回って喚いて怪我させたと。
「自分はそんなことしていない!」と言ったら、いきなり顔を引っ叩かれた。
それから、クラスが自分に向かっていじめのような雰囲気になった。
いや、実際いじめだった。
クラスの女子の一人がクラス会議の議題に「私へのいじめについて」のようなものを発議してくれた。
運動は比較的できて、力も強かった私は当時サッカーをしていたが、パスがこないなんてことも日常茶飯事。
クラスでもバイキン扱い。
先生からは忘れ物が多い子ということで、何かあれば黒板の隅に名前と忘れたものやしでかした失敗を書いていた。
黒板のすみが私の名前だらけになっていた。
絶対他にもおんなじようなことしていた人がいるのに、私の名前ばかり書いていたように思う。

中学に入ったら何か変わると思った。
中一の春に初めて彼女ができた。
デートしているのがクラスメイトに見つかり、後をつけられ、学校にチクられ、
先生から呼び出しをくらい、彼女とすぐ別れて、なぜか元彼女の女友達から「未練たらたら男」のあだ名をつけられ、学級崩壊しているようなクラスの女子全員から総スカンを喰らった。
給食で配られるパンは毎回ボロボロ、給食に何が入っているか知れたものではない。
そんな状況だから男友達もできやしない。

両親も小中学校からとにかく怒る。
部屋にこもっていても、そっとドアを開けていきなり怒る。
仮に勉強で机に向かっていても「早く風呂入れ!」「リビングにゴミが落ちとる!」等言いがかりばかり。
父親の寝室には木刀があり、柔道も二段、力も強いため手を出されたら少年の私は勝てない。
高校になって、力がついてきたとき「お前も力が強くなってきたからあんまり怒るのやめとこう」って、俺に向かって言いやがった。

高校では1秒も家に居たくなかったのと、中学と違う土地に行きたかったため、ほとんど地元の中学生が行かない電車通学の高校に進学した。
朝は6時10分の電車に乗って朝練、帰りはサッカーの練習で残って終電を逃すこともしばしば。
サッカーはかなり上達したが、キャプテンから陰湿な嫌がらせを受け、全くパスが回ってこない。
高校2年の後半に3年が引退し、自分の時代だと思ったら、膝の半月板断裂、駆けつけた病院がヤブ医者で関節液を抜くだけの治療で半年しても痛みが収まらず走れない。その後2回にわたる手術をして医者には「20歳までには歩けなくなると思う」と言われた。
サッカー部の居場所も失い、家でも居場所がない時代、電車通学していると隣の治安悪い学校の生徒が電車に乗る時「お前がガンつけた」と、因縁をつけてきた。
マジ意味がわからん。
二人に駅で降ろされボコボコになり、
翌日三人になってまたボコボコになり、
今度は自分の駅で待ち伏せされて十三人にボコボコになり、
なぜかそこに中学の同級生も居やがった。
自宅が割れ、今度は家に火をつけると脅され、あの時警察か誰かに相談すればよかった。
なんなら、親も嫌だったし火でもつけてもらった方がよかったのかも。

大学は頑張って一生分の勉強をしてそこそこの大学に入学した。
大学生活、はじめは一番楽しかっった。
モテた。
後輩からもかなり言い寄られたが、当時女性の主将と付き合っていた。
相手が「誰にも付き合っているのを言わないで」とのことだったので、誰にも言わなかったが、言い寄ってくる後輩等には、理由もないのに断らないといけないのが申し訳なかった。
結局当時付き合っていた彼女と事には至らず、キスすらせず。
付き合っていたという理由で、次の主将は確実に自分だったはずが、当時の彼女の一存で脇役に。
就職活動中にも色々トラブル。本命企業の4次面接の前日に「別れる」と電話が入って、泣きながら一晩中別れ話。結局4次面接はキャンセルさせてもらった。次の本命の3次面接前に「また付き合いたい」と、家に上がり込んだが、時間だけ立ってキスもせず。3時面接もボロボロ。
なんとか就職氷河期だったが正社員に滑り込み。

滑り込んだ会社が超ブラックで、朝6時から夜3時頃まで仕事をするようなところ。初任給18万円のうち、営業だったが携帯の支給がなく7万円の電話代。二人部屋の狭い寮に強制転居で家賃月5万円。手残りなんてない。
当時の仕事でヤクザにも目をつけられたようで、一悶着。
売り上げは一番上げていたが、生命の危機を感じ退職。
知り合いが警察官から医者になったと聞き、医師を目指す。

実家に転がり込んだが、色々溜まったものが溢れてしばらくニート。
当然居場所があるわけでもなく、無償が一人暮らし。
アルバイトで12万円で食い繋ぎ、勉強等かなり無理。
資格を取るため専門学校に入学、ソリが合わない同級生の中、一人気の許せる友人ができた。
絶対に点数90点以上取れているのに、学校の先生にも嫌われたのか79点(B評価、後1点でA評価)のテストばっかり。
先生にどこが間違えてどのように勉強すればいいか何度も何度もフィードバックをもらいに行っても、テスト回答用紙は一度も見せてもらった事なし。いつも順位はクラスの真ん中くらい。腹立つ!
嫌がらせを受け続けても、卒業試験、国家試験の自己採点は学年トップ。

全国や全世界に広がっているような病院に入社するも、そこでもパワハラの嵐。
一人で掃除、タオル片付け、スタッフのコップ片付け、物品整理、物品管理等を新人に全部させられ、信じられない業務量に加えて毎日の勉強会。
夜12時からベン妖怪開始されたり、朝の6時からカンファレンスがあったりも当たり前。
朝6時過ぎに退社し、朝手巾する同職種の人とすれ違ってから自宅で入浴してすぐまたその日に出勤なんて日もあった。
何より、自分の指導係になった人がネチネチ1日1時間以上説教するパワハラ。
やることなす事ケチつけて、はたから見ていた同僚も思わず自分を庇ってくれるようなパワハラ指導。
部署のトップがさらにパワハラで、特に目をつけられていた自分には「教育的指導」との名目で毎日パワハラ。
専門学校の時の友人が結婚式で「一緒に働かないか」と誘ってくれた病院に移る事になる。
自分がやめた後、パワハラ委員会が制定され、自分にされたことが明らかなパワハラだったと認定されたと後で聞いた。

友人の病院に移ったはいいがそこも院長とそのブレーンがパワハラ。
患者の自宅訪問など、休めない用事に限ってあえて自分の希望休に当ててくる、患者の情報を隠しておいて、退院前に「あの問題どうするの!」執拗に問い詰め仕事できない人レッテルを貼ろうとする。
ありとあらゆる手を講じて自分に対してパワハラをしてきていた。
自分を病院に呼んだ友人は早々に転職していった。
パワハラに耐えかねた自分はパワハラ相談窓口にメール相談。
しかし、その相談窓口がパワハラの主犯格の院長。笑える。
そんな中でも、多い年は年間5回学会発表していた。全く報われなかったが。

折を見て公的病院に転職したが、そこでも入社2日目からパワハラおばさんが言いがかりをつけてきた。
「あんたは素人か」等と罵って私のやり方を全否定。
エビデンスもない自分のアホなやり方を見せつけてくる。
私のやり方で患者が良くなっていくのが腹立たしかったのか、余計に嫌がらせ、パワハラは加速していく。
現在、そのパワハラお局おばさんがなぜか2階級特進して部署のトップに。
けっして優秀な訳ではなく、部署内では次のトップはだいたい決まっていたが、現場を見ない人事の勝手な一存でこうなってしまった。
いうまでもなく、不当な嫌がらせを受けている。
パワハラ部署にも何度も訴えているが、その隙間を縫うようにして嫌がらせは続く。

そうこうしていても自分は視線5000万以上の小金持ちにはなり、いつでも会社を辞められる条件は整った。
ここからが自分の人生。

どうしても自分は組織の中や人間関係がうまく築けないのか。
性格は絶対にいい自信がある。
自分の部署意外のスタッフとはとても仲がいいし、信頼してくれる患者さんもめちゃくちゃいる。
他己評価をしてもらっても、一番に私に対して「優しい」と言ってくれる。
だから、これは神様が「あなたの活躍する場所はこんな狭いところじゃないよ。早く飛び立って自由になりなさい。」的なことを伝えてくれているんだろうと思う。

幸いな事に、職場以外のコミュニティーや起業家の知り合いは結構増えた。
みんな自分の人生を生きていて生き生きしているように見える。
後一歩。
もう少しの方向修正と、もう少しの目標に向かう力で、人生が大きく好転する気がしてならない。
具体的には書けなかったが、10回以上死にかけた人生。
あとは儲け物の人生だと思って、大切に、自分の本心を尊重して、
自由に、生き生きと生きていく!
みんな、こんなダメダメだった自分でも小金持ちになって、人生を楽しんでいけるストーリーが待っているんだ。
絶対に諦めないです。
自分が輝く世界は絶対にあるから。
場所がダメなら変えればいいんだ。
働き方が合わなければ働き方を変えればいい。

何をやっても稼ぐくらいのことならできるから!
時間がないのを言い訳にしないで。
自分を、そしてこれを呼んでくれたみんなを、心から応援しています!

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