私は、10回以上死にかけたことがある。
大げさじゃない。本当の話だ。
救急車の中で天井を見上げたこともある。
「もう終わりかもしれない」と、本気で思った夜が、何度もあった。
意識が遠のいていく感覚を、一度や二度じゃなく、知っている。
そのたびに、生き返った。
なぜか、生き残った。
死の入り口まで行った人間だけが知っていること
それは、「当たり前」が、当たり前じゃないということだ。
朝、目が覚める。
台所に立つ。
お湯が沸く音がする。
子供の寝癖がついた頭が、廊下を歩いてくる。
それだけで、涙が出そうになることがある。
ああ、今日も生きてる。
死にかけたことがない人には、たぶんわからない感覚だと思う。
でも、私にとって、それは本物だった。
なのに、私はまた「時間がない」と言い始めていた
おかしな話だ。
あれだけ「生きてるだけでいい」と思ったはずなのに。
あれだけ、朝の光がキラキラして見えていたはずなのに。
気づけば、また不満を抱えて、また焦って、また夜の台所で冷めたお茶を飲んでいた。
副業をやろうとして、止まった。
ブログを書こうとして、止まった。
「いつかやろう」が、3年積み重なっていた。
私は、何のために生き残ったんやろ。
ある夜、そう思ったとき、胸の奥がぎゅっと痛くなった。
転機は、本当に「しょうもない」出来事だった
その夜も、いつも通り、スマホをぼんやりいじっていた。
たまたま流れてきた、誰かのSNS投稿。
「AIに話しかけたら、献立考えてくれた」
たったそれだけの、何でもない投稿。
正直、最初は「へえ」くらいにしか思わなかった。
でも、なぜかその言葉が頭に残った。
翌朝、試してみた。冷蔵庫の残り物を打ち込んで、「夕食のレシピ教えて」と送った。
10秒で、3つのレシピが出てきた。
……え。
笑ってしまった。拍子抜けして、笑ってしまった。
でも、その日の夜、献立を「考えない」で済んだ私は、夕食後に30分、自分の時間を持てた。
たった30分。
でも、それが、すべての始まりだった。
「考えること」に、私は1日何時間使っていたんだろう
献立。メール。段取り。返答。気遣い。また段取り。また気遣い。
行動していない時間じゃない。頭の中で燃え尽きていた時間だ。
AIに任せ始めたら、1日に1〜2時間が、静かに戻ってきた。
3週間後、ブログの記事を1本、書き上げた。
1ヶ月後、初めて「自分で作ったもの」を世に出した。
死にかけた回数を数えてきた私が、初めて「自分の作品」を持った日だった。
あのSNS投稿が、人生の転機だったと今は思う
しょうもなく見えた、たった一行の投稿。
でも、不思議なことに、あの瞬間に何かが動いた。
引き寄せ、と呼ぶ人もいるかもしれない。
偶然、と呼ぶ人もいるかもしれない。
生き残った命が、やっと動き出した瞬間だった。
最後に、これだけは伝えたい。
「時間がない」は、本当のことだった。
でも正確には「頭の中が満タンになっていた」だけだった。
時間は、作るものじゃなかった。取り戻すものだった。
生きてるだけで、丸儲けや。
本気でそう思っている。だから、この時間を、使い切りたい。
あなたも、もしかして同じじゃないですか。
騙されたと思って、「考えること」を一つだけ、何かに任せてみてほしい。
その1時間が、あなたの人生を、少しだけ変えるかもしれない。
人生なんて、しょうもない出来事が、実は奇跡の入口だったりする。
私がそうだったように。
まだ、間に合う。絶対に。
気高く明るくいきましょう。
混乱の世の中、何とかみんなで生き抜きましょう。
もし、もっと深く学びたい人がいたら、私が読んで響いた本を紹介しておきます。
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